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技術コラム

電子顕微鏡におけるレンズの種類と原理

今回は電子顕微鏡のレンズについて詳しく紹介します。
次の図は、前回紹介した電子顕微鏡の構造です。

電子顕微鏡の構造
図:電子顕微鏡の構造

この中で、レンズに相当するのは集束レンズ、対物レンズ、中間レンズ、接眼レンズ、投影レンズです。光学顕微鏡と比較すると、光源に電子線を利用する分、同じ「レンズ」という名称を使っていても、レンズそのものの構造が異なっています。
電子線を収束させるには、ガラスなどの素材を利用せずに、磁石のような電磁気学的な作用を利用します。そこで利用されるのが「静電レンズ」や「電磁レンズ」などの「電子レンズ」です。電子レンズには様々な種類がありますが、共通しているのは電磁気学的作用を利用しています。

光学レンズ
光学レンズ
電子レンズ
電子レンズ

図:光学レンズと電子レンズの比較

それでは電子レンズの例をいくつか紹介しましょう。
「静電レンズ(電界レンズ)」は電場、特に静電場を用いて電子を収束させます。基本的には負電荷を持つ中央電極を配置し、その上下に正電荷を持つ外部電極を配置することで、電子線を収束させます。
もう少し詳しく説明すると、電子は電場の中を等電位面に対して垂直な方向に等加速度運動を行います。例えば平行な電極の間では、等電位面も電極に対して平行になっているため、電子は電極間を最短距離で移動するような力を受けます。そこで、下の図の様に、外部電極の形状を工夫することで等電位面の形状をコントロールし、電子が望む軌道を取るようにしているのです。

静電レンズの模式図
図:静電レンズの模式図

図は断面図で、実際の形状は軸対称(回転対称)になっている必要があります。
このタイプのレンズは電源電圧が多少不安定でも動作するというメリットがあるとされています。ただし、収差が大きい、高エネルギーの電子に対して焦点距離を短くできないなどの問題点もあり、電子の加減速を行う部分以外は、次に紹介する「電磁レンズ」に置き換わっていきました。

一方、「電磁レンズ(磁界レンズ)」は等電位面ではなく、磁界を利用しています。フレミングの法則の通り、存在する磁場に電子が入射すると、入射方向と磁場に対して垂直な方向に力がかかります。そのローレンツ力によって電子の進路を曲げているのです。

電磁レンズの模式図
図:電磁レンズの模式図

基本的にはコイルを利用した電磁石ですが、これだけだと磁場強度が弱い(磁力線の密度が薄い)ので、周囲を鉄などの素材で囲み、孔の中心に向かって突き出すような磁極を作ります。この飛び出している磁極を「ポールピース」と呼び、電子線はこのポールピースで囲まれた範囲を通り抜けます。
この際、孔の中心を通る電子は磁場の向きと同じ方向に進んでいるため影響を受けませんが、孔の中心からずれたところを通る電子は磁場の影響を受け、螺旋を描きながら中心に集まってくるようになります。これが電磁レンズによる集束の原理です。
集束度は磁場の強度に影響されますから、電源電圧が安定していることが必須です。

電磁レンズは静電レンズと比較すると収差の影響が少ないのですが、それでも光学レンズと比べると大きなものがあります。そのため、利用する際にはなるべくレンズの中心を通った電子のみを使う様にする必要があります。レンズの下に置かれる「対物レンズ絞り」がこの役割を担っています。これによって収差の大きいレンズ周辺部からの電子をカットしています。

試料とレンズの位置関係

では、試料とレンズの位置関係はどの様になっているのでしょうか。実は試料の位置は大きく分けて2カ所あります。一つは電子線が対物レンズを通過した後(SEMの場合)または通過する前(TEMの場合)に配置する「アウトレンズ方式」と、対物レンズの中に配置する「インレンズ方式(SEMの場合のみ)」があります。

アウトレンズ方式とインレンズ方式
図:アウトレンズ方式とインレンズ方式

解像度が高くなるのは、焦点距離が短くなるインレンズ方式ですが、試料が磁場の影響を受けるものの場合は利用することができません。その場合は磁場の影響が少ないアウトレンズ方式を利用することとなります。
またインレンズ方式ではレンズ内に配置できる大きさの試料しか対象にできません。一方、アウトレンズ方式では試料のサイズについてはインレンズ方式よりも大きいものまで対象にできます。
ですから、試料が大きい場合や磁場の影響を受けるものの場合はアウトレンズ方式を利用し、小さく、磁場の影響を受けない試料の場合はインレンズ方式を使うという使い分けが必要です。
ですが、インレンズのこの欠点を少しでも取り払おうと「セミインレンズ(シュノーケル)方式」の対物レンズが開発されました。

セミインレンズ方式
図:セミインレンズ方式

対物レンズの下に試料を置くことから、アウトレンズ形式の様に見えますが、ポールピースの形状を工夫することによって焦点距離を短くすることができるため、インレンズ方式に近い解像度を出すことができます。セミインレンズ方式であれば大きな試料であっても高解像度の観察ができるようになります。

マイクロポーラスフィルム

アウトレンズ方式

マイクロポーラスフィルム

セミインレンズ方式

図:アウトレンズ方式とセミインレンズ方式の画像比較

また、解像度を上げる方法として、アウトレンズ方式の場合には検出器を試料に近づけるという方法があります。この場合、検出器を差し込むにはアウトレンズが邪魔になります。そのため焦点距離を長くする必要がありますので、検出器を近づけることによるメリットが失われてしまいます。

ボトムレンズを入れた光学系

図:ボトムレンズを入れた光学系

この欠点は解消できないわけではありません。弊社のPrecisionSEM3500はこの問題を解消しています。
弊社のSEMの光学系は上の図のようになります。アウトレンズ(トップレンズ)に加えて下側にも対物レンズ(ボトムレンズ。セミインレンズを逆さにしたような形状)を配置しています。このボトムレンズでは、検出器を近づけることによる解像度の向上を実現し、かつ、レンズが試料の下にあることで焦点距離も短いまま使用することができます。ボトムレンズでは解像度を上げることが可能となります。

参考文献